ログイン猫の少女アメリは飼い主に捨てられ、公園に置き去りにされた。アメリはそこで、歌姫クロ、そしてカンナと出会う。週一で開かれる猫たちの歌の大会、通称『夜会』で、クロの歌声に魅せられたアメリは、「一緒に歌いたい」とクロに告げる。しかし、クロに拒否され、夜会で九九点を出すよう言われる。 クロとカンナの間で揺れ動く気持ち。アメリは果たしてどちらを恋人として選ぶのか。
もっと見るこれは、とある街に棲む擬人化された猫たちの物語である。
★ アメリ編 ★
ダンボール箱に詰められてから、どのぐらい経っただろう。時々、大きく揺れる。狭いところは大好きだけど、いささか飽きてきた。箱に入れられる前、たくさんご主人様と遊んだから、なんだか眠い。楽しかったなあ。また明日も遊べるといいな。でも、ご主人様は、なんであんなに悲しそうな顔をしていたんだろう?
今の私は、カジュアルなショートパンツルックのショートカットという姿をしている。声を上げてみると、ご主人様が、言葉を返してきた。何か音がする。確かこれは自動車とかいうものの音だ。病院というところに連れて行かれる時、聞いた覚えがあった。また病院に連れて行かれるのだろうか。 揺れが収まった。しばらく、ご主人様とご主人様のお母さんが言い争う言葉が聞こえた。何だろう? 私にも、人間の言葉が分かればいいのに。続いて、私入りの箱は、ひょいと持ち上げられたみたいだ。そして、着地の感触。そして、ご主人様が何かをしゃべりかけてくる。それが、ご主人様の声を聞いた最後だった。いくら声を上げてみても反応がないので、天井を開いてみた。箱から身を乗り出してみると、そこは見たことがない場所だった。
一言でいうと、大きな夜の公園。街頭が周囲を照らし、人の姿がいくつか見え、中央の光を放つ大きな噴水と、その手前のステージ施設が印象的だった。どういうことなんだろう。私は、少し混乱していた。木枯らしが肌寒い。震えると、首の鈴がちりんと鳴った。「あなた、捨てられたのね」
背後から突然かかった声に驚いて振り向く。そこにいたのは、一人の少女だった。 すらりとしたボディを黒のワンピースに包み、綺麗な短い黒髪を持つ、端正な顔立ち。クールビューティーという言葉がよく似合う。 「捨てられた……? 誰が?」 最初、彼女の言っていることが理解できなかった。いや、理解はしてしまったのだけど心の奥底で否定したかったのかもしれない。 「あなたよ」 彼女は、淡々とそう言った。彼女の言葉を聞いたら、ふいに涙が頬を伝った。手の甲で拭いながら、私は訊いた。 「あなたは誰?」 「私はクロ。来なさい。今日は夜会があるから」 クロと名乗った少女は、そう言うと歩き出した。私もどうしたらいいのか分からないので、後を付いていく。 しばらく公園内を歩いていくと、ライトアップされた噴水前ステージに群がる無数の猫たちが目に映った。ものすごい熱気で、サイリウムを振り回している。ステージ上では、BGMに合わせて誰かが歌っていた。 ステージ前のボックスには、審査員と思われる猫たちが歌に聴き入っている。「私、これが終わったら歌うから。ほかの猫にこの街のことを訊いておきなさい」
そう言い残して、クロは人ごみに消えていった。何やら歓声が上がる。 「ねえ、クロっていう猫にこの街のことを訊けって言われたんだけど」 とりあえず、手近にいた前髪を切りそろえた、おさげの少女に話を訊いてみることにした。一度結んで、さらにそこからもう一度結んだ、おさげを束ねているリボンが特徴的だった。 「えっ!? あなたクロの知り合い?」 「知り合いというか……さっき知り合ったんだけど。なんか凄い猫なの?」 「凄いなんてもんじゃないわ! この街の『私は飛びたい あの鳥のように 空を舞いたい』
クロの美しい歌声が、ゆっくりとしたBGMとともに風に乗って鳴り響いていく。私は、歌声に聴き入った。感動のあまり、耳と尻尾がぴんと立ってしまう。
やがて、クロの歌が終わり、盛大な拍手に包まれた。私も無心に拍手を送る。少し置いて、審査員たちが十人全員、十点満点であるアナウンスが流れた。 「すごい! クロすごいね!」 「でしょう?」二人でクロを称えあっていると、ステージを終えたクロが通りかかった。思わず私は、クロに呼びかけた。
「クロ! 私と一緒に歌おうよ! デュオになってよ!」 発言に場が凍りつき、ざわめきが起こる。このとき、私は大それたことを言っているのだという自覚がなかった。 「ちょっと! あなた、クロ様に対してなんて厚かましい!」 クロを挟んだ向かいから、ヒステリックな声が上がる。声の主は、ツインテールの少女。尻尾を腹立たしげに大きく振っている。良く見ると、クロの前に歌っていた人だ。隣で、ロングヘアの眼鏡の少女がフリフリの服を着たツインテールの少女の袖をつかんで、困った顔をしている。 しかし、クロがツインテールの少女を制して言った。 「私は誰とも組む気はないわ。でも、どうしてもと言うのなら、大会で九九点を出しなさい」 クロの一言に、場が大きくざわめく。 「九九って、一〇〇点は?」 「私に決まっているでしょう」 さらりとクロが言う。すごい自信。でも、さっきの歌を聞くと、過信でないことが分かる。 「ありがとう、クロ。私、絶対一緒に歌うね!」 私の言葉を最後まで聞かず、クロは去って行ってしまう。 「あなたなんかが、九九取れるはずないわ! クロ様、待ってください~」 さっきのツインテールの少女が言い捨てて、クロの後に追いすがる。さらにその後を、眼鏡の少女がぺこりと一礼して追って行く。「あの
★ アメリ編 ★「とうとう今日、行ってしまうのね。寂しくなるわ」 翌日の夕方、いつもの教会で、私とカンナはキャリーバッグを手に、まりあさんと最後の挨拶をしていた。「はい。あ、これクロから返すように頼まれました。とても感謝していると伝えてほしいって」「ありがとう」 ハーモニカを差し出すと、まりあさんは妹の形見を愛おしそうに受け取った。「お花のこと、お願いします」「ええ、任せてちょうだい」 カンナの育てていた花は、植え替えてまりあさんたちが面倒を見てくれることになった。植え替えはもう済ませてある。「他のみんなには挨拶はしたの?」「いいえ。クロとまりあさんだけです。寂しくなってしまうので。本当はクロにも黙って行きたかったんですけど、それでは迷惑をかけてしまうので」「そう」「じゃあ、まりあさん。私たちはこれで」「待って」 踵を返して旅立とうとしたところに、まりあさんが待ったをかけてきた。「あなたたちに祝福を。あなたたちの旅が幸多からんことを、アーメン」 まりあさんが十字を切る。「ありがとうございます。それではまた、いつか会いましょう」 私たちはまりあさんに会釈して、教会を去った。「ね、アメリ。どこへ行く?」「南へ! 暖かいところに行こう!」 二人で歩きながら、ノリと勢いで行先を決める。 私たちは、様々な街を巡り歩いた。色んな人《猫》々と出会い、そして別れた。 あの街のように、歌の大会を開いている街がいくつかあった。その中には、ミケのような振り付けを重視する街もあった。あるいは、楽器の演奏も自分でやらなければいけないところや、歌ではなく、ダンスの腕前を競っている街もあった。 そういった街に入る度に、イベントに参加して、行きずりの友人を増やした。歌オンリーのイベントでは、高い評価を得たけど、動きが入ると途端に厳しい。 世界は広い。学ぶ事だらけだ。 そんな放浪のある日、私は「あっ」と叫んだ。「どうしたの、アメリ?」「あ、ううん。何でもないよ、行こう」 それは、とても良く見知った、懐かしい人間だった。 でも、私はカンナと共に生きると決めたんだ。さようなら、ご主人様。私は、心の中で決別を告げた。首輪と首の鈴、ご主人様との絆はこれだけでいい。「私と一緒に歌おうよ!」 今日もどこかの街で、私の歌声が響き渡る――。
★ クロ編 ★ 次がカクテルの出番であることを告げるアナウンスが流れる。「お。そんじゃー、行って来ます!」 ユキが私たちに敬礼して、意気揚々と仲間とともにステージへ向かう。「そういえばアメリ、最近カンナを見かけないけどどうしたの?」「ああ、ちょっとね」 アメリが答えをはぐらかす。彼女が隠し事をするなんて珍しい。ちょっと顔が寂しそうだ。あまり追及しない方がいいのかも知れない。 それにしても、アメリは不思議な猫だ。 ミケはあんなに性格が丸かっただろうか? 前の夜会での、アメリとのやりとりから、急に人柄が丸くなった気がする。 隣町の片隅に埋もれていたカクテルも、アメリと出会ってこの街で脚光を浴びることとなった。 そして、何より変わったのが私だ。歌しか友達が居なかった私が、アメリとの出会いを通じて、たくさんの友人に恵まれた。声が出なくなった時、アメリの尽力がどれほど心強かったか分からない。 アメリは、みんなの幸福の招き猫だ。 声が戻った日の夜、私は自分の歌が新たな地平を切り開いたのを実感した。それは、再び歌えるようになった喜びと、恋。 私は、アメリに恋してしまったようだ。でも、アメリにはすでにカンナがいる。私は、カンナを裏切れない。二人の関係を踏みにじることができない。苦しい。恋って、こんなに苦しいものだったんだ。どきどきする以上に心が苦しい。「クロ、出番だよ」 私は、アメリに揺さぶられて我に返った。出場アナウンスにまったく気が付かなかったらしい。いつの間にか、カクテルも戻って来ている。「ごめんなさい。行きましょう」 私とアメリはステージに向かった。 私たちが姿を現すと、会場は割れんばかりの喝采に包まれた。ミケの九九点でテンションが上がっていることと、私の復帰。また、前回あの男のせいで台無しになってしまったというアメリの歌が聴けるということなど、様々な要因があるのだろう。 紹介が終わり、イントロが流れる。『ねえ手を取って 私と一緒に歌おうよ みんなで歌おうよ あなたの優しさが好き みんなの笑顔が好き。 手を合わせて 顔見合わせて 一緒に歌おう さあのびやかに さあ高らかに』 私たちが歌い始めると、それまでの熱狂が嘘のようにしんと収まってしまった。驕りでも何でもなく、聴衆が私の歌に聴き惚れているのが実感として分かる。私の歌を聴き逃
ミケのホームグラウンドの銅像前で早速互いのテクニックを教え合おうとしたものの、先ほど互いに言い合った「教えるのが下手」ということが、早速謙遜でも何でもないことが判明する。 仕方ないので、ミケは歌いながら、パートごとに動きをゆっくり見せていくことにした。「へええ~! よく考えられてるんだねえ!」「とりあえず、取り入れられそうなのから取り入れてみましょうよ」「そうですわね」「クミ、くるくる~って回るのやりたい!」 早速、四人組はどうやって動きを取り入れるかを相談し始める。ミケは、今のうちにノラの差し入れてくれたスポーツドリンクとバナナで水分と体力を回復する。 ノラと一緒にベンチに腰掛け、手を繋ぎながらカクテルを眺めていると、彼女たちは歌いながら振り付けをし始めた。はっきりいてたどたどしいし、動きがばらばらだけど、十回、二十回とこなすうちに、少しずつ形になり始める。次の夜会には、結構な振り付けが見られるかも知れない。「ノって来たとこ悪いんだけど、そろそろミケに歌を教えてもらえないかしら」「あ、ごめんごめん。つい夢中になっちゃって」「でも、歌はどうしますの?」「ミケお姉ちゃん、私たちの歌、歌える? 歌詞カード出そうか?」「そうね。歌詞カードがあるのなら、あなたたちの歌でいいわ。ただし、振り付けの練習は禁止。ミケは歌に集中したいから」「オッケー」「了解ですわ」「いいよー」「というわけで、異存なし。ミケの声質だと、クミと同じ高音パートだね」 こうして、ついにカクテルと歌うこととなった。アメリは、彼女たちから何を掴んだのだろうか。『夜空に 星が 輝く ジュエリー・スカイ。歌を歌おうよ あの空に響かせようよ 空はどこまでもつながっているから』 最初は上手く歌えなかったけど、だんだんと慣れてくる。そして、慣れてくると、観察する余裕が出てくる。 カクテルを観察していると、歌うことそのものがとても楽しそうであることがよく分かる。 そういえばミケは、楽しく歌ったことがなかった。ミケにとって歌は、常に挑戦だった。どうしても打ち破れない得点の壁にいつもイライラしていて、口さがないアンチから付けられたあだ名が『尻尾振りのミケ』。 今日、ミケはノラのおかげで新しい世界が開けた。だから、色んなものを吸収していこう。彼女たちの「歌うのが楽しい」という想
さて、これからどうしよう。歌の特訓を始めてもいいけど、今日はなんとなく余韻を大切にしたい。そんな気分にさせられた。 そんなわけで、二人で、公園の遊歩道をぶらぶらして余韻を楽しんでいると、見知った姿にばったり出くわした。「あ、居た!」「何よ突然、大声出して」 カクテルのユキだ。ミケたちを見つけると、大声を出して駆け寄ってきた。「だって、銅像前にもステージにもいないんだもん。手分けして、公園中探し回っちゃったよ。ステージ前で落ち合うことになってるんだ。良かったら、付いてきてくれない? 大事なお願いがあるんだ」 ユキが手を合わせて、拝み倒してくる。カクテルがミケにお願い? どういう風の吹き回しだろう。気になるといえば、気になる。「OK、話を聞かせてもらうわ」 せっかくの余韻を、台無しにされたのはちょっと腹が立つけど、好奇心が上回った。「ノラはどうする?」「私も、ミケちゃんと一緒に行くわ」 着いたステージでは、クロ様とアメリが歌の練習をしていた。よくよく聞いてると、アメリの歌声が何か物足りない。もちろん、その原因はクロ様の歌が進化したせいだ。 ステージの周りには、ところどころ焦げ跡が見られた。昨日の火炎瓶の傷跡だ。見ていて少し、悲しい気持ちになった。「ミケ、ノラ、今晩は。よかったね、ミケ見つかったんだ」「今晩は」 休憩に入ったアメリとクロ様が、ステージ上から挨拶してくる。カンナの姿は見えない。ユキとはすでに挨拶済みなようだった。「今晩は。何だか、カクテルがミケにお願いがあるらしくて」「それで探してたんだ。でも、カクテルがミケにお願いって珍しいね」 やっぱり、アメリもそう思うか。「で、お願いって何?」「あ、それはみんなが集合してからで。そろそろ戻ってくると思うから」 ユキの言う通り、ほどなくして、サツキに連れられたクミと、ユカリが別方角からやって来た。「あー、よかった。ユキが見つけてくれたのね」「くたくたですわ」「ミケお姉ちゃん、今晩はー」 それぞれ、軽く挨拶を済ませる。「さて、今度こそお願いとやらを聞かせてほしいんだけど」「うん、あのね。振り付けを教えてほしいの」 歌いながらの振り付けは、夜会で唯一、ミケだけがやるパフォーマンスだ。「でも、振り付けても夜会では得点にならないわよ?」「知ってる。でも、得点なんかど